担当: 宇津木千代
今月の短歌は中井 久游さんの歌に興味をそそられました。時々、講評などで「もっと具体がないと理解できない、具体が欲しい」と言われますが、そういう場合もありますが、時には具体がないゆえに、読者が様々なことを想像できる余地ができて、歌が膨らみます。この歌も、そういう意味で、とても興味を惹かれました。風船の中に空気がまだある、ということから、そこには絶望ではなく、まだ改められる可能性がある。その可能性を考える時に様々な可能性が想像できて面白いなあ、と思いました。もしかして、息子さんは、家庭を持っていて、夫婦仲があまり順調ではない状態である。でも、まだ息子さんの心根次第で、なんとかなる可能性(空気がある)があるから、頑張れ、と息子さんを励ました、というふうにもとれます。また、職場でのさまざまな出来事で、息子さんが悩んでいて、退職しようかなど考えていたとして、まだ絶望ではない、まだ息子は職場で生き延びていく可能性はある、ということか。ただ、”ああそうですか”で終りの歌ではなく、読者をして深みに引きずっていく歌だと思いました。
原歌:風船にまだ空気ありて改むに遅くはなきを息子(こ)に伝へたり
(千代)いろいろなことが想像できる歌ですね。風船は家庭内のことか?職場のことか、あるいは年齢的なことか、なかなか興味深い歌と、読みました。
(北里)「改めるのに遅いということはない」という内容と「風船の空気」の関係がわかりませんでした。アメリカの諺か何かストーリーが隠されているのだと思うのです
が。
(白樺) 風船と空気の関係で息子さんの大きな潜在力、可能性、将来的課題を連想させるお歌です。
最終歌 *風船にまだ空気ありて改むに遅くはなきを息子(こ)に伝へたり
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