2021年10月1日金曜日

2021年(令和3年)9月の短歌と合評

 担当:白樺

今月は北里さんの歌をとりあげました。

原歌:カラス五羽無言のままにはだかりてゴミ持ち帰る集積所前

カラスがゴミ集積所に群がってゴミをあさっているので作者が出そうとしていたゴミを持ち帰るという主意の人間がカラスの行動に振り回されているというどこか滑稽で多分にありえる日常的な情景が切り取られています。作者はカラスの迷惑さを表現したようですがゴミを持ち帰るのはカラスでゴミが減るから人間は助かるとも読めました。短歌では語数が限られているので散文のように事実を忠実に表現するのが不可能です。それで読み手は限られた言葉が何をかもし出しているかを感じ取り色々と想像を膨らませます。故に作者が意図したところと読み手の解釈に誤解やズレが生じたり、読み手によって色々な受け止め方があるのは当然であるといえるでしょう。最終歌では「一先ず」という言葉、助詞「に」「を」を入れることでゴミを持ち帰るのは作者であることがはっきりして作者の意図を明確にしようと推敲したことが明らかです。私はしかし原歌の「カラス五羽無言のままにはだかる」という表現が歌としては想像が膨らみ面白いと思いました。

(深沢)鴉がいるのですね。日本やイギリスでは目にしたことがありますがヒューストンにはいないので珍しく感じます。ゴミをつついてしまうので、折角持って来たゴミを持ち帰られたのですね。身の周りの何気ないことを切り取りして1首を詠めるように努力してみたいです。

(千代)“ゴミ持ち去る”でなく、“ゴミ持ち帰る”としたのは、どんなニュアンスがあるのでしょうか?(北里)詠出時に「持ち帰る」のはカラスと読めるとも思ったのですが、流れから詠み手の行動と読んでもらえるのではないかと思いそのままにしました。ごみステーションには網が掛けられていたり、ボックスになっていたりするのですが、生ゴミの日はカラスも分かっていて周りをうろちょろするのです。怖くて近寄りがたいことを詠みました。最終歌では初句が字余りになりますが、助詞「に」を入れました。

(白樺)カラスを擬人化して「無言」「はだかる」「持ち帰る」として人間の残したゴミを掃除してくれる賢いカラスと人間の共存性を日常的な目線から捉えたところが面白いですね。

(北里)誤解を生む歌で恐縮です。

カラスはやはり迷惑な存在です。ゴミ集積所のゴミを引っ張り出して荒らしたり、家庭菜園のキュウリやトマトを取って食い散らかしたり、鳩がやられたり、悪さします。子育て中は攻撃してきます。グループでいつも一緒にいるカラスもいます。最終歌では言いたいことが読み手に伝わるものに近づけたかと思います。

最終歌:鴉五羽にゴミ集積所陣取られ一先ずゴミを持ち帰る朝