2017年9月8日金曜日

8月の短歌と合評


担当:深沢しの

今月は宇津木千代さんの歌を取り上げました。

原歌:怪我を負ひ痛きを訴ふる人在るを涙しつつも幸と言はんか 


最終歌:*怪我を負ひ痛きを訴ふる人在るを涙しつつも幸と言はんか



作歌した時、色々な人から講評されると自分の勉強になることは理解できるのですが、やはり逆立ちをしたり、どう考えても自分の歌を貫きたいという気持ちにかられることがあります。いつも指導して下さる作者があれこれ悩んでもやはり、自分の言いたいことは
他の言葉では表現できないと思ったこと、自分の言いたいことをそのまま素直に詠っていると感じることは間違いではないと感じさせられました。作歌に臆病になりがちですが、少しだけでも、これでもいいのだという気持ちになれたのでこの歌を選ぶこととし、勇気づけられました。


 (北里)詠み手はTVのニュースを見て泣いているのでしょうか。「在るを」が負傷者との距離感を感じさせます。結句の「幸」とは命が助かっただけでも良かったね、とういう思いでしょうか。少しわかりずらいので、「幸と言はんか」という終わり方は少し突き放した印象です。怪我を負った理由や状況が不明なので、読み手に伝わりずらいように思います。
(深沢)事故か何かでお気の毒に怪我をなされたのですね。でも命だけは助かったということのようですね。怪我と直接的に言わないで怪我をしたと言えると良いと思います。
(白樺怪我を負っても命は助かったのでよかったということなのですね。
(中井)命あっての物種、あるいは経験したこと自体が貴重な経験でもあり、怪我の功名ということもある。
(千代) わかりずらい歌だったようですね。私が言いたかったのは、泣いたり、愚痴を言ったり、甘えたりなど自分の一番弱い部分をさらけ出せる人間として、夫を持っていることを「幸せ」と呼んでいいのかな、と言うことだったのです。怪我を負って「痛い、痛い」のだけれど、真剣に心配し、血をぬぐって、止めて、消毒をして、包帯を巻いてくれる人が身近に居るのを、痛いので涙を流しながらも、これを「幸せ」と言うのだろうか、ということだったのです。さて、どのように詠ったらいいのかな、と考えています。・・・・・あれこれ変えてみましたが、このままが一番私の言いたいことを詠っているようで、このままにします。